ゆるく、でも確実に。のどかに、自由へ。

「FIREって難しそう、自分には無理かも」——そう感じている人へ。
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「辞めても大丈夫」とわかっているのに、なぜ動けないのか

「辞めても大丈夫」とわかっているのに、なぜ動けないのか

辞めても大丈夫。なのに、動けない。 FIREとお金の考え方
のどか
のどか

FIRE、もう辞めても大丈夫なんでしょ?なんで辞めないの?

ゆるはる
ゆるはる

それがね、自分でも不思議で。お金も計算も足りてるのに、動けないんだよ。

のどか
のどか

足りないものが、まだあるってこと?

ゆるはる
ゆるはる

たぶん「気持ち」だけ。なのに、それが一番やっかいでね。

のどか
のどか

あ…お金より、気持ちのほうが難しいんだ。

この記事でわかること

  • 「辞めても大丈夫」とわかっているのに踏み出せない本音
  • 動けない理由①「もったいない」(過去のサンクコストと、未来の給与・経験の混同)
  • 動けない理由②自分で決めたくないから、外的きっかけ(体を壊す・早期退職募集)を待ってしまうこと
  • 動けない理由③AIで再就職の安全網が揺らぎ、でも「残れば安全」も幻想だということ
  • 足りないのは情報でなく気持ちだけ。「気持ちが100%整う日」は来ないという現在地

もう答えは出ている。でも、動けない

正直に言うと、もう答えは出ているんです。

会社を辞めても、たぶん大丈夫。お金は足りているし、リスクはほぼない。それは自分でもわかっているんですよ。でも——気持ちが、付いてこないんです。

今日は、その情けない本音の話をします。

(踏み出せない理由そのものは、以前8つ書き出しました→1.5億円超あっても踏み出せない。40代後半の私がFIREを前に震えている理由、8つ全部書く

FIRE(働かずに暮らせる状態にして、早めにリタイアすること)を考えはじめて、もう1〜2年になるんです。最初はぼんやりした憧れだったのが、だんだん現実味を帯びてきて、最近やっと「よし、やるか」っていう心の準備が整いつつある。…はずだったんですよ。つい最近までは。

「もったいない」が、足を引っ張る

動けない理由の一つは、たぶん「もったいない」なんですよね。

私がいるのは、わりと大きな会社なんです。ここを辞めると失うものが、大きく2つあるんですよ。

一つは、雇用の安定。日本だと、大企業の正社員ってかなり守られているじゃないですか。100%とは言わないけど、そう簡単にクビになる立場じゃない。

もう一つは、積める経験。今の会社はAIにかなり力を入れていて、しかもほぼプライム案件(大手や元請けの、上流の仕事)ばかりなんです。ここにいれば、これからの時代に価値のある経験が積める可能性が高い。

…って考えると、辞めるのがもったいなくなるんですよ。

これ、よく考えると2種類の「もったいない」が混ざってるんです。

一つは、「せっかくこの会社に入ったんだから」っていう、これまで積み上げてきたものへの未練。でもこれって、辞めても辞めなくても、もう戻ってこないものなんですよね。サンクコスト(すでに払ってしまって、取り返せないコスト)ってやつで、本当は判断材料にしちゃいけないやつ。

もう一つは、「これから稼げる給与」「これから積める経験」。こっちは、辞めたら本当に失うもの。これはちゃんと天秤に乗せるべきなんです。

問題は、人はこの2つを「もったいない」っていう同じ一言で、ごっちゃにしちゃうことなんですよ。本当はもったいなくないもの(過去)と、本当にもったいないもの(未来)を、まとめて「辞められない理由」にしてしまう。

結局、「きっかけ」を待っている

で、白状すると——私、たぶん「きっかけ」を待ってるんです。

退職を自分から言い出すのって、すごくパワーがいるじゃないですか。あの一言を切り出す気力が、なかなか湧かない。だから無意識に、こう考えてるんですよ。「もし今、体を壊したら、それをきっかけに辞めるだろうな」「もし早期退職の募集が出たら、たぶん応募するな」って。

これ、書いていて気づいたんですけど、要するに自分で決めたくないってことなんですよね。体を壊すのも、募集が出るのも、どっちも”自分以外の何か”が辞める理由を作ってくれる。そうすれば「自分の意志で大企業を捨てた」ことにならずに済む。もったいなさの後ろめたさを、状況のせいにできるんです。

でも、これってよく考えると結構危ないんですよ。「体を壊したら辞める」って、つまりFIREのスタートを、体力が一番削られたタイミングに設定してるってことですからね。一番自由を楽しめない状態で、ようやく自由になる。皮肉な話です。早期退職の募集だって、来るとは限らない。来ないまま定年まで行く可能性も、普通にあるわけで。

(”動ける体で過ごせる時間”が有限だという話は、こちらに書きました→鎌倉で長谷寺を諦めた日に考えた、「年を取ってからのFIRE」のこと

「残れば安全」も、たぶん幻想なんです

もう一つ、最近ひるんでいることがあって。AIの話です。

少し前までは、こう思っていたんですよ。「最悪、辞めてお金が足りなくなっても、また再就職するなり、フリーランスなりで、なんとか食いつなげるだろう」って。FIREって、片道切符じゃなかったんです。失敗してもやり直せる前提があった。

でも、AIがこれだけ進化すると、今まで積んできた経験が、そのうち通用しなくなるかもしれない。そうなると、「また働けばいい」という保険が効かなくなる。だから「今の会社でAIをやりながら様子を見る」のは、ある意味正しい選択に思えるんです。

……なんですけど。ここで、自分にツッコミを入れたくなって。

AIで経験が陳腐化するなら、辞めた後の再就職が危ういのと同じ理屈で、今の会社にしがみついたって同じはずなんですよね。会社がAIに力を入れているのは「会社が生き残る」話であって、「私のポジションが安泰」とは限らない。

つまり、不確実なのはFIRE側だけじゃない。残るほうも、同じくらい不確実なんです。なのに私は、なぜか「残るほう」だけを安全だと思い込もうとしている。

たぶん、安全だから残るんじゃないんですよ。残りたいから、残るほうを”安全”ってことにしている。 様子見だって、タダじゃない。お金は減らないかもしれないけど、戻ってこない時間を、毎日払っているわけですから。

結局、足りないのは「気持ち」だけ

こうやって書き出してみると、はっきりするんです。

辞めても大丈夫なのは、わかっている。雇用も資産もリスクも、ぜんぶ自分で分析できている。足りないのは、情報でも、分析でもない。気持ちだけなんですよね。

そして私はたぶん、「気持ちが100%付いてくる完璧なタイミング」を待っている。もったいなさが消えて、不安がゼロになって、「よし、今だ」とスッキリ思える日を。

でも——その日、来ないんですよ、きっと。もったいなさは消えないし、AIもインフレも、不確実性が完全に晴れる日なんて来ない。「気持ちが100%整う日」を条件にするって、結局「永遠に辞めない」と同じ意味になっちゃう。

情けない話ですけど、これが今の私の現在地です。

(”完璧なタイミングを待つ”ことの罠は、別の記事で掘り下げました→「もっと早くやればよかった」からは、誰も逃げられない


この記事のまとめ

  • 辞めても大丈夫なのは分析済み。足りないのは情報でなく「気持ち」だけ
  • 「もったいない」は、過去(サンクコスト)と未来(給与・経験)の混同
  • 外的きっかけ待ち=結局「自分で決めたくない」ということ
  • 「残れば安全」も幻想。安全だから残るのでなく、残りたいから安全ということにしている
  • 「気持ちが100%整う日」を条件にするのは「永遠に辞めない」と同義、という現在地
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