
今日の朝ごはん、わたしが作ったし。これは主婦力あるんじゃない?扶養に入るしか!?

またそれ言ってる(笑)。わたしだって洗濯やったし。

お互い虎視眈々と機会をうかがってるね。

でも、ほんとに仕事辞めたら。毎日何するの?

…それ、考えたことなかったかもしれない。
この記事でわかること
- FIRE夫婦の「温度差」がどう生まれるか
- 「辞めるか否か」より大事だった問いのこと
- 夫婦の会話が合意じゃなく「現在地確認」になった経緯
お互いに、相手の扶養に入るタイミングを狙っている
うちには「茶番」があるんですよ。
休日の朝食で、わたしがサンドイッチを作って「主婦力が高い、これは扶養に入るしかない」と のどかに言う。逆に在宅の のどかが洗濯を終わらせておくと「洗濯やったよ!すごいでしょ、これは主婦力では?」と言ってくる。体調が悪い日は「年だなぁ、仕事つらいなぁ、これは扶養に入るしかない」と、虎視眈々とチャンスをうかがっているふりをする。
どちらが先に相手の扶養に入るか——そういう茶番を、日常的にやり合っているんですよね。
のどかはIT企業の正社員で、趣味はマンガとイラスト。投資はほぼやったことがない慎重派で、資産形成についてはわたしに任せっきりにしてくれてます。マネーフォワードで資産額は共有しているので、なんとなくの数字は把握してくれてますが、FIREについて正面から話し合ったことは、ほとんどなかったんです。
「計算上は辞められる」と、話してみた
きっかけは、仕事がつらいという話をしていたときのことなんです。
残業が続いて、体もしんどくて、「もう限界かもしれない」って話をしていたら、「今やめても、計算上は生活できるんだよね」という話になったんです。
わたしたちには1.5億円超(概算)の資産があって、4%ルール——資産の4%以内で生活すれば、資産は理論上減り続けない、という考え方——に当てはめると、年間支出350万円(概算)は賄えることになる。そういう説明をしたんですよね。
※詳しくはこちらの記事へ→FIRE達成に必要な金額、実はそんなに多くない説。4%ルールをゆるはる流に計算してみた
のどかは資産額はなんとなく把握していたので驚きはなかったみたいですが、4%ルールは知らなかったので「納得はしていないけど、理解はしている」という感じの表情で聞いてくれていました。数字に弱いというのもあるんですけど、資産運用についてはわたしを信頼してくれているので「ゆるはるが言うならそうなんだろう」って感じで。反論も質問も特になくて、「辞めていいんじゃない」とも「ダメ」とも言わない。
そしてのどか自身も仕事がしんどくなると「扶養に入ろうかな」と言っていたので、お互い様という空気もあったんですよね。
「嫌いになるかも」という一言
そのあと話が続いて、「FIREしたら毎日どうするの?」という話になったんです。
8割は冗談なんですけど、ゲームしたり、マンガ読んだり、のんびり過ごせればいいかなとわたしが言ったとき、のどかが言ったんです。
「何もしないでゲームやマンガだけ読んでいる生活だと、尊敬できないな。嫌いになるかも」
重たい言葉ではなかったんですよ。のどからしい、率直なひとことって感じで。怒っているわけでも脅しているわけでもなく、ただそう思っていることを、そのまま言ってくれた感じでした。
でもその一言で、わたしの頭の中の「FIREの議論」が、ぱっと切り替わったんです。
「辞めるか辞めないか」だけを考えていたのが、「辞めた後に何をするか」に変わったんですよ。
問いが変わった
実はわたし自身も、FIREして生産的なことを何もしないのはどうかな、という感覚はずっとあったんですよね。
でも「FIRE後に何をするか」って、考えようとするとどこか後回しになってたんです。まず「辞めていいか」の問いを先に解決しないといけないような気がして。仕事を続けることへの疲れと、辞めることへの怖さの間で往復しているうちに、その先のことを考える余裕がなかった、というのが正直なところなんですよね。
のどかの「嫌いになるかも」という言葉は、のどかの感情の話でもあるんですが、わたしにとっては「自分が何をしたい人間なのか」という問いを、初めてはっきり突きつけてくれた言葉でもあったんです。
合意できた、とか、背中を押してもらった、という感覚とは少し違うんですよ。「そうか、自分はゲームとマンガだけの生活を望んでいるわけじゃない」という確認。のどかの一言は、鏡みたいな役割を果たしてくれたんですよね。
このブログも、あの一言がきっかけの一つかもしれない
「辞めた後に何をするか」は、まだ答えが出ていないんですよ。
FIREして具体的に何をしたいのか、何を続けたいのか、何を作りたいのか。明確には言葉にできていないんです。でもあの会話の前と後では、自分の中で何かが変わったのは確かで。
このブログを始めたのも、そのきっかけの一つが「あの一言」だったように思ってます。生産的に何かを続けていきたい、という感覚。発信することを積み重ねることへの興味。そういうものが、あの夜の会話のあたりから少しずつ形になってきたんですよね。
夫婦でFIREの話をするとき、どうしても「相手を説得する」「合意を取る」という方向に力が入りがちなんですよ。でもうちのこの会話は、お互いに合意したわけでも、背中を押し合ったわけでもなかった。ただのどかが正直に言ってくれただけで、わたしの中の問いが変わったんです。
配偶者との会話って、合意のためだけじゃなくて、自分の現在地を鮮明にするためでもあるのかもしれないんですよね。
あなたはどうですか。パートナーの一言で、何か変わったことはありましたか。
この記事のまとめ
- わたしの家では「扶養に入るしかない」という茶番が日常になっている。のどかも「8割冗談」で言っている
- 仕事がつらい流れでFIREの話を切り出した。4%ルールを説明したが、のどかは「納得はしないが理解」というスタンスだった
- 「何もしないでゲームやマンガだけの生活だと尊敬できない。嫌いになるかも」というのどかの一言が、FIREの議論を「辞めるか否か」から「辞めた後に何をするか」へ変えた
- この一言がきっかけで、自分が何をしたい人間かを初めてはっきり考え始めた。このブログもその一つ
- 夫婦の会話は合意のためじゃなく、自分の現在地を見つけるためでもあると感じている

