
お母さん、今どんな感じ?

要介護になってから、介護の現実が急に近くなってさ。自分たちもいずれはこうなるんだなって

私たちは子どもいないから、介護を頼む人がいないよね……

そう。だから老老介護にならないように、早めに施設入居を考えるしかないかなって。でも、いつ・どこへ・いくらで、ってなると、わからないことだらけで

わからないことだらけ、か……でもそれ、今から整理しようとしてるんだね
この記事でわかること
- 築古マンション購入後、30年後に施設へ移るか持ち続けるかという、今から見つめるべき選択肢の話
- 子どもがいない夫婦が「老老介護」を避けるために、どのタイミングで施設入居を考えるべきか
- 要支援と要介護の分岐点でなぜ判断が変わるのか
- 「最低限」と「豊かさ」の間で揺らぐ施設費用への向き合い方
- 70歳までに決めるのではなく、今からできることがあるということ
導入:エレベーター工事と母の介護から見えた現実
わたしが築古マンションを購入したのは、数年前のことです。
購入当初は「いい物件だな」と思っていました。でも数年後、エレベーターの更新工事が始まったんです。その工事期間、年配の住人たちが毎日階段を上り下りしている姿を何度も見ました。
杖をついて、ゆっくり、何段も上り下りする人たち。その光景を目の当たりにしたとき、ふと思ったんです。
「次のエレベーター更新のときは、自分も70歳を超えている」
築古マンションですから、今のエレベーターの次の更新工事までに、あと何十年あるでしょう。その間に、自分と妻は確実に年を重ねる。いずれは「階段を上り下りするのがきつい時期」が来る。もしかしたら、自分たちが住んでいるうちに、このマンション自体が解体されたり、廃墟になったりするかもしれない。
同じ時期に、母が要介護になりました。
介護の現実を目の当たりにしたことで、「自分たち夫婦もいずれはこうなるんだ」という感覚が、ぼんやりから現実へと変わりました。そして気づいたんです。子どもがいない二人だからこそ、老後の住まい選択は、他人事じゃないということに。
では、なぜ今、この話をするのか。
もし今のあなたが30代後半で、住宅ローンが残り30年あるなら、70歳の老後住まい選択は「遠い先の話」ではなく、「30年後の必然」です。その30年後を見つめることで、今の持ち家の過ごし方、資産の使い方、夫婦での話し合い方が変わる可能性がある。
この記事を読んで、「70歳のためにできることが、実は今からあるんだ」という気づきを持ってもらえたら。それがこの記事の最後のメッセージになります。
要支援と要介護の分岐点——なぜ「持ち家のままで、要介護になったら施設へ」なのか
わたしが今のところ考えているのは、こういう選択肢です。
要支援レベルのうちは、持ち家のままでいる。でも要介護になったら、施設に入居する。
(簡単に言うと、要支援は日常生活でちょっと手助けが必要な状態。要介護はもっと介護が必要な状態。その境目で、わたしの選択肢が変わるということです)
これは、別に「持ち家が最高」と思っているわけじゃなくて、いくつか現実的な理由があるんです。
まず、子どもがいない夫婦だという現実。
妻が介護が必要になれば、わたしが支える。わたしに何かあれば、妻が支える。でも、その状態が長く続いたら——いわゆる「老老介護」ですね——二人の負担は相当なものになります。
要支援の段階なら、訪問介護とかデイサービスとか、外部のサポートを組み合わせて、何とか二人で暮らせるかもしれない。でも要介護のレベルになったら、一人の力では支えきれない。認知症が入ってきたら、さらに難しくなる。
次に、施設側の受け入れ基準という現実。
実は、寝たきりになってから施設入居を申し込むと、施設側に拒否される可能性が高いらしいんです。施設側としても「入居後に寝たきりになる」ならいいけど、「すでに寝たきりの状態で入居」となると、介護の負担が重い。だから、よほど高級な施設でない限り、受け入れてくれない。
だとしたら、認知症になって判断力がなくなる前に、自分たちで施設を選んで申し込まないといけない。その「判断力がある状態」がいつまで続くか。それを考えると、「要介護になったら」という軸は、実は結構シビアな現実に基づいているんです。
「70歳までに決める」——健康寿命と決断のタイミング
では、その「30年後」にどんな選択肢があるのか。
わたしが考えているのは「70歳までに決める」という軸です。
男性の平均寿命は約81歳。健康寿命(病気や介護なしに日常生活が送れる期間)は約73歳といわれています。つまり、その健康寿命の73歳までに、自分たちで施設を選んで入居を決める必要があるわけです。だから「70歳までに」という軸を引くことで、判断力や体力がまだある状態で、後悔のない選択ができるようにしておきたい。
それが、健康と判断力という「限りある資源」を考えた、現実的な軸なんです。
でも、正直に言えば、その「70歳」という決断もブレブレです。
65歳の定年を迎えるまで、状況はどう変わるかわかりません。体も、頭も、資金状況も。「70歳で本当に決めるのか」は、定年の時点で改めて考え直すことになるかもしれない。
むしろ、今の段階での「70歳」は、一つの目安に過ぎず、「何も決めずにダラダラ先延ばしにする」ことを防ぐための軸なんです。
「年齢で基準を決める」——決断の先延ばしへの処方箋
実は、わたしの人生には「決断の先延ばし」というパターンが何度も繰り返されています。
自宅の相続登記も、ずっと先延ばしにしていたんです。母の状態が変わるにつれて、手続きが複雑になってきて。今は登記が難しい状態になってしまった。
転職活動も、そうでした。20代後半、30代、40代——何度も「今かもしれない」と思ったタイミングがあった。でも「もう少し様子を見よう」と先延ばしにしていた。結果、40代前半でやっと転職したけど、カルチャーの違いや仕事内容の大きな変化に、今も慣れるのに苦労しています。
「もう少し情報が揃うまで待とう」「まだ決める段階じゃない」——その想いが、人生の大切な選択肢を逃してきたんです。
だから「70歳」という年齢に軸を引くことは、わたしにとって、単なる「老後の住まい選択」じゃなくて、この先延ばしのパターンを断ち切るための一つの決意でもあるんです。
完全な情報が揃うまで待つことはできない。要介護になってからでは遅すぎる。だから「70歳」という一つの軸を引く。
それが、わたしにとって必要な「処方箋」なんです。
「最低限」と「豊かさ」の間で揺らぐ——費用への漠然とした不安と希望
では、施設を選ぶ際の現実的な判断軸になるのが、費用です。
わたしは最低限のシナリオは試算済みです。
特別養護老人ホーム(特養)の場合、月額費用は一般的に4〜8万円が多く、居住地域と所得段階で変わります。わたしたちの場合は中間的な水準として月8〜10万円前後を仮置きで試算していて、現在の生活費(月額約29万円)と比べても大きく変わらない範囲に収まりました。「資産が足りるか」という最大の不安は、この試算で少し和らぎました。
でも、ここからが揺らぐんです。
「最低限でいい」と思いながらも、同時に「妻と一緒に、ある程度豊かな老後を送りたい」という想いも持っている。最低限の特養でなく、もっと自由度のある介護付き有料老人ホームなら、月23~25万円程度。豊かな施設なら、月30万円程度が目安だと聞きました。
その「最低限」と「豊かさ」の間に、わたしたちの迷いがあります。
加えて、不確実性がある。将来の介護行政がどう変わるのか。相場環境はどう動くのか。そういった外部要因で、必要額は変わるかもしれない。だから「ぼんやりとした不安」は、まだ完全には消えないんです。
でも「調べていない」という状態の中に、実は「今からできることがある」という可能性も隠れている。それは、後ほどの「今からできること」で書きます。
「妻と一緒に」「くだらない会話」——施設での理想像と現実のズレ
では、そもそも「ある程度豊かな老後」って、どういうイメージなのか。
好きなマンガを読んだり、近所を散歩したり。そういう日常的なことを、妻と一緒にしたい。
読書も続けたい。小さな挑戦も、していきたい。
施設内で友達ができて、その人とくだらない日常会話ができたらいい。ネット上の友人や、学生時代の友人との繋がりも、続けていたい。
つまり「老後の質」って、一人で過ごす時間じゃなくて、妻や周囲の人との関係性の中で決まるんだということに、気づきました。
ただし、ここで現実が入ってくる。
わたしは「70歳」と考えていますが、妻は「定年の65歳までに大枠を決めたい」という考えのようです。「年を取ったら施設に入る」という大枠は同じですが、「いつ決めるのか」については、わたしたち夫婦の間にも小さなズレがあります。その「意見の違いの中で、どう歩み寄るか」——それも、老後を豊かに過ごすための準備なんだと思います。
そして「偏屈な老人にはなりたくない」という強い想いもあります。
寝たきりは避けたい。だから今のうちに筋トレをして、体力をつけておきたい。妻だけが話し相手になるような、狭い人間関係は避けたい。複数の友人や、異なる視点を持つ人との繋がりが持てる——その「交友関係の質」そのものが、今からの選択で形作られているんです。
今からできること——65歳の定年に向けて、何を準備するか
ここが、わたし自身に一番刺さった話でもあります。
では、「妻と一緒に、交友関係を持ちながら、健康に施設で暮らす」という理想をかなえるには、今から何ができるのか。
わたしが考えているのは、この4つです。
体力づくり
寝たきりを避けるための筋トレは、今から始めておきたいんです。
70歳のわたしたちが施設内で「マンガを読む」「散歩する」という理想像を実現するためには、今から体力を作っておきたい。40代後半で始めるのと、60歳で始めるのでは、10年の準備期間の有無で結果が変わってくると思ってるんですよね。
妻との定期的な対話
「70歳で施設へ」という年齢軸では、妻と意見が異なるかもしれません。でも「施設入居」という大枠は同意している。その「間」を、今から埋める対話が必要だと感じてます。
わたしが考えているのは、毎年の誕生月に30分だけ「老後どうする?」という話をしてみる、くらいのことです。定年の65歳になったときに改めて「本当に70歳で決めるのか」を二人で考え直す。そのプロセス自体が、妻との人生設計を共有する時間になるんじゃないかなと。
施設費用の見通しを、簡単に試算する
「最低限20万、中程度25万、豊かさ30万」という目安を、自分たちの資産に照らして試算してみてほしいんです。完全な精度はいらなくて。わたし自身は特養の中間的な水準(月8〜10万円前後)を仮置きで試算していて、それで「ざっくり足りる」という見通しが持てただけで、「ぼんやりした不安」に引っ張られすぎずにいられてます。
交友関係を「今から」広げておく
施設での友人関係を理想としているなら、今から「初めての人と話す」という小さな実験をしておきたいと思ってます。
ネット上での友人関係を深める。学生時代の友人との再接続も。そういう「小さな積み重ね」が、20年後の「施設での人間関係」という現実を形作っていくんだと考えてるんですよね。
結論:完全な正解はまだ出ていないが、この程度の着地点は見つけられた
正直に言います。70歳で本当に決めるのか。それとも65歳の定年で考えが変わるのか。その答えはまだ、出ていません。
体と頭と資金しだいで、判断は変わるかもしれない。だから「完全な正解」として「70歳で施設へ移る」を示しているのではなく、「今のわたしたちの現在地」として示しているんです。
でも「今からできることがある」という希望は、確かに見えています。
老後の住まい選択は、70歳に決めるのではなく、今から始まっているということ。筋トレ、妻との対話、費用の試算、交友関係の広がり——これらすべてが、20年後の「施設での人生の質」を左右する。
だから「70歳はまだ先」ではなく、「今からの20年の延長線上」として見つめること。それが、この記事の最後のメッセージです。
この記事のまとめ
- 築古マンション購入と母の介護という現実から、老後の住まい選択が「他人事ではない」と気づいた
- 要支援と要介護の分岐点で、持ち家か施設かという判断が大きく変わる
- 健康寿命73歳という現実から「70歳までに決める」という軸が生まれた
- 「最低限」と「豊かさ」の間で揺らぐ費用への不安は、簡単な試算で軽くできる
- 妻との意見差はあるが「施設入居」という大枠では同意している
- 老後の質は「交友関係」と「体力」で決まり、それは今からの選択で形作られている
- 完全な正解はまだ出ていないが「今からできることがある」という希望が見えている

