
ねえ、住宅ローンで団信入ったって話してたよね。あれって生命保険みたいなものなんだ?

そうそう、実はあれ、わたしの人生初の生命保険なんだよ。

えっ、初めて?今までずっと入ってなかったってこと?

そう。世間って「保険を見直す」とか「外す」って議論で動いてるけど、わたしはずっと「持ってない」側だったんだよね。

あ…そっか。議論の前に、そもそも乗れてなかったんだ。
この記事でわかること
- 世間の保険議論にずっと乗れなかった感覚の正体
- 「保険どうしてる?」に答えに詰まっていた当時の戸惑い
- 住宅ローンの団信で初めて「持つ」を選んだ話。でも、ぎこちなさは変わらなかった
- 「自分がおかしい」と思わなくていい、と今は思っていること
見直す保険を持っていなかった、で詰まった
ネットで住宅購入のメリットを調べていたら、「団信があれば生命保険を見直せる」という議論に出会いました。
「見直す保険、わたし持ってないな」で一瞬詰まったんですよね。
考えてみれば、保険の話はいつもこんなふうにぎこちなかったんですよ。世間の議論はいつも「持っている前提」で動いていて、わたしはなんとなくそこに乗れない。なぜ乗れないのかも、自分でうまく言葉にできないまま、ずっと来ました。
「保険どうしてる?」にうまく答えられなかった
職場や知人と話していて、「ねえ、保険どうしてる?」が話題になることがありました。
「入ってないんですよ」と答えると、「えっ?」と返ってくる。みんな当たり前のように入っていたんですよね。
そのたびに何か説明しようとして、「子供いないし」「妻も働いてるし」と単語を並べていました。でも、本当はそこじゃなかった気がするんです。
大学時代に、バイト先の社長から「保険に入るな、貯金しろ」と言われたことがあって(こちら→「保険に入るな、貯金しろ」その一言が、人生を変えてしまった。大学4年の雑談から35年)、それから保険について自分なりに考える感覚みたいなものができた気がします。
「みんな入ってるから」じゃなくて、「自分にとって必要かどうか」で見るようになった、というか。世間の会話は「どこの何に入っているか」を前提に進むので、答えがいつもズレるんですよ。
払わずに来た分は、結果として貯金や投資に流れていきました。当時から「これで何千万作るぞ」と意気込んでいたわけじゃないんです。ただ、保険にも急な高い買い物にもあまり心が動かなくて、なんとなく貯まったものが投資に向かっていった、というのが正直なところ。
団信で「持つ」を選んだ。でもぎこちなさは同じだった
住宅ローンを組むとき、団信に入ることになりました。これがわたしの人生初の生命保険です。
「持つ」と判断したのは、自分の感覚で必要だと納得できたから——住宅ローンの返済義務がのどかに移らない、という実利は大きかったんですよ。
団信の説明を読んでいて、がんと診断されたら住宅ローン残債の50%が免除される無料付帯特約も見つけました。「あ、これって生命保険でもがん保険でも兼ねてるな」と思ったんです。
25年「持たない」を選び続けて、団信で初めて「持つ」を選んだ。でも、判断のやり方も、世間との温度差も、何も変わっていませんでした。
「人生初の生命保険を持つことになりました」と誰かに言ったとしても、たぶん「あ、そうなんだ」で終わるんですよ。やっぱり、ぎこちないまま。
その都度、自分の感覚に戻るだけだった
ブレなかったから今に至った、というよりは、その都度、自分の感覚に戻って考えていただけなんだと思います。
世間の議論に乗れない感覚を、長く「自分がおかしいのかな」と思ってきた時期もあったんですよ。
今は、それは別におかしいことじゃなくて、自分の感覚と世間の前提が、ちょっとズレているだけ、と捉えています。
ズレを否定しないで、その都度立ち返れる場所をひとつ持っておく——わたしの場合はそれが「必要かどうか」というシンプルな問いでした。物差しなんて大層な名前をつけるほどのものじゃなくて、何かに入るとき・買うとき・続けるとき、その問いに一度戻ってみるだけ。
入ってよかったかも、と思う日があるかもしれない。やめておこう、と思う日があるかもしれない。それでいいんじゃないかな、と今は思っています。
この記事のまとめ
- 世間の保険議論はいつも「持っている前提」で動いていて、わたしはなんとなくそこに乗れなかった
- 「保険どうしてる?」に「入ってない」と答えると「えっ?」と返ってくる、というズレを長く感じていた
- 大学時代の社長の一件を境に、「必要かどうか」で見る感覚ができた気がする
- 払わずに来た分が投資に流れていったのは、結果として、という方が近い
- 団信で初めて生命保険を「持つ」を選んだけど、判断のやり方も、世間との温度差も変わらなかった
- 世間の議論に乗れない感覚を「自分がおかしい」と思わなくていい、と今は思っている
