
ねえ、ゆるはる。資産も十分あるし、配当だってあるじゃない。FIREできるんじゃないの?

計算上はそうなんだよ。数字だけ見れば、もう条件満たしてる。

でもなんか…踏み出せてない感じがするけど。

うん。金銭的な問題じゃなくて、メンタルの方が引っかかってるんだ。その引っかかりが8つあるんだよ。

8つ…?それ何ですか?
この記事でわかること
- 計算上FIRE条件を満たしていても、踏み出せない人がいることを知る
- 資産の問題だけではない、メンタルレベルの葛藤の具体例
- 「弱さ」と思っていた感覚が、むしろ誠実に生きてきた証であること
- FIREを本気で考える人の、リアルな迷いと不安
数字上は「合格」。でも体が動かない。
わたしの資産は1.5億円超。年間の生活費は350万円。
「投資資産の4%以内で生活できれば資産は枯渇しない」という考え方(4%ルール)に当てはめると、年間350万円の生活なら必要な資産は約8,750万円。つまりわたしの資産は、その倍近くあるってことです。
配当だけで年50万円入っている。数字だけ見れば、とっくに「合格」しているはずなんです。
なのに、ブレーキが踏まれている。
その理由を書きます。
踏み出せない理由、8つ全部書きます
書いてみたら、思ったより多かった。でも全部リアルに感じていることなので、削らずそのままにしておきます。
理由1:片道切符の恐怖——50代での復職は、現実的じゃない
FIREは、基本的に片道切符です。大企業の名前を背負って働いていた人間が、一度辞めたあとで「やっぱり戻りたい」と言っても、同じポジションに同じ年収で戻れる可能性は限りなく低い。
「計算が合えば大丈夫」というのは頭ではわかっています。でも「もし計算が外れたとき」の安全弁が、もうない。退路がないことの怖さって、やってみないとわからないんです。
資産運用に絶対はありません。相場が崩れることもある。想定外の医療費がかかることもある。そういう「もし」を考え始めると、計算上の安心感が少しずつ溶けていく。
これが8つの中で最も「理屈の話」に近い怖さです。でも理屈であるがゆえに、論破できそうで論破できない。
理由2:資産が減るのを毎月「見る」ことへの恐怖
今は毎月通帳の数字が増えていくのが当たり前になっています。「今月もちゃんと積み上がってる」という感覚が、何となくわたしを安定させていたんだと、最近気づきました。
FIREになったら、それが逆転します。毎月、減っていく数字を見ることになる。
頭でわかっていることと、体で感じることは全然別物です。「慣れる」とは思うけど、慣れる前に精神的にやられないか。そこが怖い。
投資をやってきた人間なら、資産が増減することは当然知っています。でも「給料で生活しながら投資で増やす」状態と、「投資の取り崩しで生活する」状態では、同じ数字の動きでも体への刺激が全然違うはずで。その感覚的な部分が、まだイメージできていないんです。
理由3:「働いていた自分」が消える——20歳からずっとそうだったのに
アルバイトを含めれば、20歳から今まで「働いていない自分」を知りません。28年間、ずっと「働く自分」だった。
それが無くなったとき、わたしは何者になるのか。アイデンティティとか大げさなことを言いたいわけじゃないんですが、毎朝起きて「今日は何をする人間か」という問いに、うまく答えられるか。それがイメージできない。
「仕事が自分の一部になりすぎていた」と言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、でも実際、職場という「居場所」が消えたとき、代わりに何があるのかが見えていない。
これが8つの中でたぶん一番深いところにある怖さだと思っています。「FIREしたい」と言いながらも、ここが一番霧に包まれているんです。
理由4:「大企業の看板」を失うこと
恥ずかしい話ですが、正直に書きます。今の会社の名前を言うと、多くの人が「あ、知ってる」と反応してくれます。それに、少し居心地の良さを感じている自分がいるんです。
辞めたあと、「ご職業は?」と聞かれたときに何と答えるか。「無職です」「個人投資家です」。どちらも間違っていないけど、どちらも少し居心地が悪い。この感覚が馬鹿らしいのはわかっているんですが、ゼロにはならない。
理由5:定期収入がなくなること——「入ってくる」という安心感
毎月25日に給料が入る。これが当たり前になりすぎていて、その感覚がなくなったときに何が起こるかがわからない。
配当は年50万円前後入っています。でも毎月決まった日に決まった金額が入ってくる感覚とは全然違う。「定期収入がある」という安心感って、お金の量だけの問題じゃなかったんだと気づきました。
理由6:暇になることへの不安——頭が鈍くなる気がして
仕事は、正直しんどいことも多い。でも同時に、毎日何かを考えて、決めて、人と話して——という刺激があることも事実です。
それが無くなったとき、ちゃんと自分で日常を設計できる自信がまだありません。FIREした後の時間をどう使うか、具体的なイメージがまだ薄いんです。
理由7:妻の実家への説明——「無職」をどう伝えるか
妻は「辞めていいんじゃない」と言ってくれています。ありがたい話です。でも問題は実家なんです。
義理の両親に「会社を辞めました。資産で生活します」と伝えるのは——なかなかの難易度です。「FIRE」という概念は世間にまだ浸透していないし、「働いていない男の人」への視線は、正直まだ厳しいことがある。気にしすぎかもしれないけど、妻に余計な気苦労をかけたくない気持ちはあります。
理由8:「辞めます」と口に出す瞬間の重さ
最後の一つは、かなりシンプルな話です。上司に「辞めます」と言う、その瞬間を想像すると、体が硬くなるんです。
誰に迷惑をかけるわけでもない。引き継ぎをちゃんとすれば問題ない。頭ではわかっている。でも、その一言が持つ「重さ」みたいなものが、思ったより大きい。28年間、ずっと「辞めない選択」をし続けてきた人間としての、慣性みたいなもの。
これは弱さじゃない、と思っています
8つ書いてみて、改めて感じること。
こういう葛藤を持っていると、「意志が弱い」「情けない」と思われそうで、書くのを躊躇していた時期がありました。「それだけ資産があれば今すぐ辞めて当たり前でしょ」と。
でも、わたしはちょっと違う見方をするようになりました。
この8つの葛藤は、ある意味で「真剣に生きてきた証」なんじゃないかと。責任を持って、誠実に働いてきたから、踏み出すことが重い。それはむしろ、誇っていいことかもしれない——と、少しずつ思えるようになってきました。
だから、焦らない。自分のペースで、この葛藤と向き合っていく。このブログは、その記録でもあります。
まとめ——答えはまだ出ていない
正直に言います。今日この記事を書き終えても、答えは出ていません。明日もたぶん会社に行きます。
でも、この8つの葛藤を言語化できたことで、少し楽になった気がしています。「怖いのはなんとなく」より「怖いのはこれとこれとこれ」の方が、向き合いやすい。
もし同じような葛藤を持っている方がいれば、ひとりじゃないですよ。数字が「大丈夫だ」と言っていても、心が「本当に?」と返してくることは、おかしくないんです。
次は、「実際にFIRE後の生活をシミュレーションしてみたらどうなるか」を自分の数字でやってみた話を書く予定です。答えを出す記事じゃないけど、もう少し「踏み出した先」を具体的に見てみようと思って。
この記事のまとめ
- 計算上FIREできても踏み出せない理由は8つあった
- 資産の問題よりメンタルの問題のほうがはるかに大きい
- この葛藤は弱さではなく、誠実に生きてきた証
- 答えはまだ出ていない。でも葛藤していること自体が、前に進んでいる証拠だと思いたい

