
最近、「欲しいものないなぁ」ってよく言ってるよね

うん。でも変なんだよ。スマホとかPCには、いまだに「そろそろ買い替えようかな」って気持ちは出るんだよね

あ、じゃあ完全になくなったわけじゃないんだ

そうなんだよ。でも、いざ買うとなると止まる。「要る?」って聞かれた瞬間に、しぼむんだよね

……それ、わたしのせいだったりする?
この記事でわかること
- 「Switch2ほしい」と言ったら、のどかの一言で買う気がしぼんだ話
- 欲しさが薄い領域と、いまも欲望が出る領域がある、というグラデーションの話
- ストッパーの正体を3つの仮説(のどか・衰え・車の経験)で探ってみた現在地
- 「欲望が消えた」のではなく「欲しさの輪郭がぼやけている」という、いまの感覚
「Switch2ほしいなぁ」と言ったら、のどかに止められた
のどかとは、もう10年以上一緒にいるんですよ。だから、ふとしたつぶやきにそのまま反応が返ってくる。それが今回、ハッとさせられる入口になりました。
休日の晩御飯のあと、YouTubeをなんとなく見ていたら、Nintendo Onlineでカービィのエアライドを紹介していたんです。「これやってみたいな」と思って、隣ののどかに「Switch2ほしいなぁ」と独り言のようにつぶやきました。
そうしたら、のどかから返ってきたのは「最近Switch使ってるところ見てないけど、新しいゲーム機いるの?」という一言。最初は心の中で「それはそれ、これはこれだよ」と思ったんですよ。新しいゲームがやりたい気持ちと、いまSwitchを使っていないこととは、別の話だと線を引きたかった。
でも、そのあとよく考えてみたら、確かに最近Switchの電源を入れていないんですよね。もしswitch2を買ってもすぐにやらなくなりそうな気もする。自分の中でそう答えが出てしまったら、もう買う気はしぼんでしまったんです。
同じことが、去年PCでもあったんですよ。「そろそろ新しいPCに買い替えようかな」と話した時に、のどかから「今のPCで十分では?性能上げる必要あるの?」と返されて、これも止まりました。
そこで気づいたんです。「あれ、欲しいって何だっけ?」と、自分でもわからなくなってきている。これがこの記事のスタート地点でした。
状態を解剖する——欲望は領域ごとにグラデーションがある
「欲しいものがわからない」と一括りに言ってしまっていたんですが、よく見ると領域ごとに状態がぜんぜん違うんですよね。
もともと薄い領域:車・家具・服
車は、30代に「お金だけ貯めてもなぁ」と思って一度買ってみたことがあるんです。ところが使ってみたら、ドライブに行くわけでもなく、ショッピングモールへ通うのに使うぐらい。スキーや実家への帰省でも使ったけど、結局は電車のほうが楽だったんですよ。
運転自体も特に楽しいとは感じなくて、ただの作業でしかなかった。決定打は高速道路の帰りに、飛び石でフロントガラスにひびが入ったこと。修理に12万円かかりました。自分は一切悪くないのに、こういうことが起きるのか、と。所有する意味がよくわからなくなって、売却したんです。
そのあとは「もういいや」になりました。
服は、清潔感さえあればユニクロで十分、という考えがずっと続いています。家具もニトリやIKEAで、機能が同じならわざわざ高いものを選ばなくていいかな、というスタンス。これは節約のせいというより、もともとそういう向きだったんですよね。
強い領域:テック・ガジェット
逆に、テック・ガジェットはまったく違うんです。20代から30代にかけてはPC自作にハマっていて、年間10〜20万円は使っていました。秋葉原に行ってパーツの値段をチェックして帰ってくる、それ自体がたぶん楽しかったんですよ。
その名残はいまも残っていて、スマホを見るたびに「そろそろ買い替えようか」という気持ちは出るんです。4年使っていて、バッテリーは劣化しているし、セキュリティアップデートもあと1年で終わる。半導体の価格が上がってきていて、待つほど高くなりそうな空気もある。
合理的に見れば、ここは買い替え時のはずなんです。それでも、いまは止まる。
共通して効いているストッパー
止めているものは、どうやら2つあるんですよね。ひとつは、のどかの「要る?」の一言。もうひとつは、自分の中の「セットアップ面倒だな」という感覚。
買い替えを考えるたびに、この2つがほぼ同時に頭に浮かんでくる。これが昔とは決定的に違うところなんです。
ただ、もしかしたらもうひとつ、もっと下の層で効いている何かがあるかもしれない——という気もしているんですよ。それも含めて、次のセクションで仮説を立てて掘り下げてみます。
3つの仮説で「ストッパー」の正体を探る
止めているものが何なのかを、いったん仮説を立ててみました。
仮説①:のどかブレーキ役説
「要る?」の一言で止まる構造ができている、という見立てです。Switch2のときも、PCのときも、のどかのひと言で買う気がしぼみました。独身だったら、たぶんなんとなく買っていた気がするんですよ。
夫婦になってから「相談するもの」が増えていった延長で、自分の中にも事前ストッパーが内蔵された——そう考えると、辻褄は合うんです。のどかが特別に厳しいわけではなくて、「使ってる?」と素直に聞いているだけ。でも、その素直さが、こちらの欲望の輪郭を見えやすくしているのかもしれません。
仮説②:衰え説
正直なところ、若い頃のような「新しいガジェットへのワクワク感」が薄れている自覚もあるんですよね。
象徴的なのはPC自作です。昔はパーツを一個一個吟味するのが楽しかったんですよ。秋葉原を回って、CPUとマザーボードとメモリの組み合わせをあれこれ考えるのが、半分趣味のようなもの。でもいまは、同じことをやろうとしても、ネットで「鉄板構成」を調べてその通りに揃えるだけになっているんです。同じ買い物のはずなのに、選ぶ過程のワクワクの濃度がだいぶ違うんですよね。
ワクワク感だけじゃなくて、買い替えの作業そのものへの感覚も変わりました。大学生時代は、Windowsを月に1回くらいは入れ直していたんです。それでもなぜか面倒だとは思っていなかった。でも、前回PCを買い替えたときには、Windowsをセットアップし直すと1日作業になって、「時間がもったいないな」と感じるようになっていました。
スマホも同じで、主要なアプリの設定をすべてやり直すと1日はかかると思うと、必要に駆られない限りやりたくないなぁ、と思うんですよ。体力か、好奇心か、たぶんその両方のリソースが減っている。「衰え」と呼ぶのが一番近い気がしています。
仮説③:車での経験が効いている説
そして、3つ目は車の経験です。前のセクションで触れた、30代に買って売却した話ですね。
実はあれ、「絶対この車が欲しい!」みたいな目的があって買ったわけじゃなかったんですよ。「あったら便利かな?」ぐらいの気持ちで踏み出したんです。明確な使い道がないまま手を出したので、「いらないな」と気づくのも早かった、というのが正直なところでした。
いま振り返ると、あれは「実験だった」と捉え直せるんですよね。「お金だけ貯めてもなぁ」と思って買ってみた結果、「もういいや」になった。目的を持たずに買っても満たされないことを、肌で覚えてしまったんです。
それ以降の買い物全般で、「これは車のときみたいにならないか?」という小さな問いが、無意識に走っているのかもしれない。これは衰えではなくて、経験から来た学習に近い気がしています。
おそらく、3つが重なっている
正直に言うと、どれかひとつではないんですよ。3層が同時に効いている、というのが本当のところです。
だから「欲望が消えた」というシンプルな話ではなくて、「欲しさの輪郭がぼやけている」というほうが、いまの感覚には近いんです。記事のサブタイトルに「節約しすぎた先」とつけてみようか迷ったんですが、節約だけが原因ではないんですよね。
以前、使う練習、はじめてみた——気持ちに正直になるだけで、何かが変わったで、「なぜ使えないのか」を3つの仮説に分けて考えたことがあるんですが、今回の話はその裏側にある「欲しい」のほうにも、似た構造が走っているのかもしれない、とも思っています。
正体はわからない。でも、輪郭は見えてきている
これを衰えと呼ぶのか、成熟と呼ぶのか、ただの夫婦の影響と呼ぶのか——自分でもまだ決められていないんです。
ただ、はっきりしてきていることが、いくつかあるんですよ。
ひとつは、昔のような「なんとなく買う」モードには、もう戻らないだろう、ということ。
もうひとつは、買うときのスタンスが「安いものを短期間で買い替える」より、「少し高くてもいいものを長く使う」ほうへ寄ってきていること。買う回数自体が減っていくので、ぱっと見ると欲望が消えたように見えるのかもしれない——これも、欲しさの輪郭がぼやけて見える理由のひとつな気がしています。
「欲しいものがわからない」と言いながら、買い方のスタンスも、買うか買わないかの輪郭も、うっすら見えてきているんですよね。それで十分なのかもしれない、というのがいまの落としどころです。
あなたが最近「なんとなく買った」のは、いつでしたか。
この記事のまとめ
- 「Switch2ほしい」と言ったら、のどかの「要る?」で買う気がしぼんだ
- 欲しさは領域ごとにグラデーションがある(車・家具・服は薄め、テックはいまも濃い)
- ストッパーの正体は、のどか・衰え・車の経験の3つが重なっている
- 「欲望が消えた」より「欲しさの輪郭がぼやけている」が近い
- 昔の「なんとなく買う」には戻らない、という感覚だけははっきりある
