ゆるく、でも確実に。のどかに、自由へ。

「FIREって難しそう、自分には無理かも」——そう感じている人へ。
リアルな体験談と使えるシミュレーターで、「私にもできそう」を届けるブログです。

「いつか」をやめた。旅を先送りし続けた私を変えたきっかけ | Nodoka Note

「いつか」をやめた。旅を先送りし続けた私を変えたきっかけ

暮らしとお金
のどか
のどか

ねえ、しまなみ海道って結局いつ行くの?ずっと言ってるよね

ゆるはる
ゆるはる

……そうなんだよ。もう何年言い続けてるかな

のどか
のどか

旅行費、家計簿に入れてるのに行かないって、なんか変じゃない?

ゆるはる
ゆるはる

それ、核心ついてるんだよね。お金の問題じゃなかったって気づいたのが最近の話で

のどか
のどか

お金じゃない?……じゃあ何だったの?


この記事でわかること

  • 「旅費は予算に入れてるのに行けない」という状態の正体
  • お金じゃなく「使う気持ち」がブレーキになっていた話
  • スタンスが変わった二つのきっかけ
  • 変わったのに、まだ行けていない——今のわたしの現在地

「いつか」という言葉の便利さと怖さ

「いつか、蔵王に行きたい」

30代前半、スキーにはまっていた頃にそう思ったんですよ。樹氷を見たい。蔵王で滑りたい。地図を広げてコースも調べた記憶があります。でも結局、行かなかった。

しまなみ海道を自転車で渡りたいとも思っていて、これはもう30代前半からずっと言い続けています。今日この記事を書いている時点でも、まだ行けていない。

鎌倉は、妻と結婚する前にデートで行った場所なんですよね。思い出深い場所のはずなのに、「紅葉を見に行こう」「湘南の海を見に行こう」という話だけが繰り返されて、ほぼ行けていない。家から比較的近いのに、です。

三つ全部に共通しているのは「いつか」という言葉が頭のどこかにあり続けているということ。「いつか行こう」「落ち着いたら行こう」——そう思っているうちに、何年も経っていたんですよね。


旅費は家計簿にあった。それでも動けなかった

「お金がないから旅行できない」というわけじゃなかったんです。家計簿を見ると、旅行費は予算として計上していました。数字の上では「旅行できる状態」だった。

なのに動けなかった。

ブレーキをかけていたのは、主に二つだったと思います。

一つは、仕事の疲れです。平日にエネルギーを使い切って、休日はとにかくゆっくりしたかった。泊まりがけで旅に出るというのは、体力的にも気力的にも「余裕があるときの話」に感じていたんですよね。

もう一つは、費用への心理的な抵抗です。泊まりの旅行だと、一人あたり約4万円はかかります。夫婦で行けば8万円。「行ければいいな」という気持ちはあっても、8万円を出す決断をする気になれなかった。

資産規模から見れば、8万円は決して大きな額じゃないです。でも「使う気持ち」になれなかった——そこが問題の本質だったと今は思っています。


スタンスが変わった、二つのきっかけ

変化はじわじわ来たわけじゃなく、二つの出来事が重なったタイミングに来た感じがします。

一つ目は、仕事の役割を変えたことです。

精神的に限界になって、上司に相談してプロジェクトリーダーからメンバーに変えてもらいました(その話は[こちら→記事11]に詳しく書いています)。そのあと、時間的な余裕が生まれて、休みも取りやすくなった。「あ、泊まりの旅も行けるかも」と初めてリアルに思えたのは、そのときでした。

それまでは「旅行したい」という気持ちはあっても、「今の自分には無理」という前提が先に来ていたんですよね。余裕ができて初めて、その前提が崩れた。

二つ目は、親の介護です。

親が要介護認定を受けたとき、外出するのも大変そうな姿を見たんですよ。「元気なうちに、行きたいところに行かないと」と思った。これは頭で考えたというより、目の前で見て体に入ってきた感覚でした(この話は[こちら→記事07]でも書いています)。

二つが重なって、何かが変わった。「リフレッシュできるならいいじゃん」と思えるようになった、という感覚です。支出への罪悪感がふっと薄れたような。


「いつかをやめた」のに、まだ行けていない

正直に書くと、スタンスは変わったのに、まだ旅行に行けていないんですよ。

日帰りで鎌倉に行こうとすると、妻の体調が整わなくて行けない日が続いています。年齢とともに、体調が安定しない日も増えてきたんですよね。

それを見ていて思うのは、「元気なうちに行く」というのは、わたし一人の話じゃないということです。二人とも元気で、行く気力があって、はじめて旅になる。親を見て感じたことと同じことを、今度は夫婦のこととして感じています。

「いつかをやめよう」と思ったきっかけが、また別の角度から強化されてきた、という感じです。ちょっと複雑な気持ちもありますが、「だから早く行こう」という気持ちになっているのは確かです。

ただ、前とは違うのは「また今度でいいや」という先送りの感覚がなくなってきたことだと思っています。「行きたいな、じゃあいつ行く?」という話し方に少し変わってきた。

「いつかをやめた」というのは、旅行の回数が増えたという話じゃないんですよね。「いつか」という言葉で先送りにする習慣を、ちょっとずつやめてきた——という話です。

蔵王は、今のわたしにはスキーよりも樹氷をゆっくり見に行きたいという感じになっています。しまなみ海道は、自転車が体力的に無理になる前に行きたいと本気で思っています。鎌倉は……妻の体調が落ち着いたら、今度こそ行く予定にしています。

あなたの「いつか」は、何ですか。


この記事のまとめ

  • 旅費が家計簿にあっても、「使う気持ち」が整っていないと動けない
  • ブレーキの正体は「仕事の疲れ」と「支出への心理的抵抗」の二重構造だった
  • 役割変更で時間的余裕ができたこと、親の介護を見たこと——二つが重なってスタンスが変わった
  • 妻の体調を通じて「二人とも元気なうちに」という気づきが加わった
  • 「いつかをやめる」のは、先送り習慣をちょっとずつ手放していくことだと思っている
タイトルとURLをコピーしました